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<終章>  明日香との別れ 1

last update Last Updated: 2025-06-29 08:27:38
 同日19時――

突然朱莉のスマホに猛から着信が入ってきた。

(え!? 会長から……?)

朱莉はすっかり動揺してしまった。相手は巨大産業グループの創設者のトップなのだ。緊張しないはずがない。深呼吸するとスマホをタップした。

「はい、もしもし」

『こんばんは、朱莉さん。今、電話いいかね?』

「はい、大丈夫です」

『実は今、翔と修也が我が家に来ているんだ。朱莉さんも来ないか? 迎えの者を寄こすから』

「い、いえ……申し訳ありませんが今夜は無理です。実は蓮ちゃんが風邪をひいて熱を出したんです」

『な、何だって!? 蓮は大丈夫なのか? 今から主治医を呼んで蓮の診察を頼もう!』

珍しく猛の慌てた様子を電話口で聞いた朱莉は少しだけ猛に人間味を感じて緊張が解けた。

「いえ、大丈夫です。午前中にかかりつけの小児科へ連れて行きましたので。今はすっかり熱も下がりました。先程うどんを食べたところなんです。今はリビングのソファで横になってテレビを見ています。でも明日は念のために幼稚園はお休みさせますけど」

『そうか……それなら良かった。そうだ、朱莉さん。明日蓮の体調が良ければ、我が家へ来ないか? 19時に迎えを寄こすから』

「そうですね。では明日の蓮ちゃんの体調次第でお邪魔させていただきます」

『ああ、会えるのを楽しみにしてるよ。では、またな』

「はい、失礼いたします」

そして電話は切られた。

「ふう…」

朱莉は溜息をつくと、スマホをテーブルの上に置いた。

(会長の家に呼ばれるってことは何か重大なお話があるんだろうな……。やっぱり蓮ちゃんのことだよね)

朱莉にはもうどうすることも出来なかったし、翔も明日香も、そして修也も逆らうことが出来ない。絶対的な存在であることは十分承知していた――

****

鳴海家本宅――

「蓮が……今日熱を出したそうだ」

電話を切った猛はため息をついた。

「え!?」

「蓮君が?」

翔と修也がほぼ同時に声を上げた。

「本日は幼稚園を休んだそうだ。今は熱が無いらしいが……蓮は身体が弱いのだろうか?」

「いえ。今まで僕の知る限り、蓮君は殆ど風邪をひいたことがありません。熱だって1年に1回しか引いたことがありませんでした」

修也が言うと、翔は修也を睨みつけた。

「修也、お前は随分と蓮のこと詳しいんだな?」

すると猛が言った。

「翔、言いたいことがあるなら修也にではな
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